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真宗高田派とは

真宗高田派(たかだは)は大谷派(お東)でも本願寺派(お西)でもない、10ある伝統的な浄土真宗宗派の一派。三重県の津市に本山専修寺を構える。真宗寺院としては、本願寺派・大谷派に次ぐ3番目の末寺数をもつ。

真宗高田派の歴史において三重県の本山専修寺(ほんざんせんじゅじ)とならび、栃木県真岡市の本寺専修寺(ほんじせんじゅじ)は欠かせない存在である。

1207年に朝廷は専修念仏批判の声が大きく念仏の禁止の決定を下し、浄土宗の宗祖法然上人は土佐国に、浄土真宗の宗祖親鸞聖人は越後国(新潟県)に流罪されることとなった。

1211年に赦免された親鸞は関東の常陸の国に向かったがその詳しい足取りは不明。1214年には上野国(こうずけのくに:群馬県)の佐貫にいたとされている。

※一般的には越後から直接関東に赴いたとされているが、真宗興正派と真宗仏光寺派の寺伝では、1212年赦免された親鸞はいったん京都に帰洛してから、関東に赴いたとしている。

常陸国に到着した親鸞はその後、笠間郡(現在の笠間市稲田町)の稲田の草庵に移り住み、この地を拠点におよそ20年にわたり布教を続ける。

親鸞は布教のかたわら、専修念仏の教えを体系的にまとめた『教行信証(顕浄土真実教行証文類)』の執筆を進め、1224年におおよそ完成する。また親鸞の布教活動により、しだいに関東の人々に広まり多くの人々が念仏に帰依し、真仏上人(しんぶつ)や顕智上人(けんち)をはじめとした有力な高弟がでてくる。

栃木県高田の本寺専修寺

1225年、親鸞53歳のとき、関東布教の途中、栃木県真岡市高田の地で野宿をしていたところ、明星天子(みょうじょうてんし)と称する童子から夢告を受け、伽藍建立を発意したとされ、長野県善光寺から「一光三尊仏(秘仏)」を模してつくった阿弥陀仏を本尊としたのが専修寺の草創と伝えられる。翌年1226年には、後堀河天皇より「専修阿弥陀寺」の勅号を賜る。これが現在の本寺専修寺であり、真宗高田派のはじまり。高田派では、親鸞が唯一建立した寺とされ、専修念仏の根本道場としている。

京都に戻った親鸞の後、高弟の真仏や顕智が寺を継ぎ、高田の専修寺を中心とした門弟や門信徒の教団は「高田門徒」と呼ばれるようになった。

三重県一身田の本山専修寺

室町時代15世紀なかば、第10世真慧上人(しんね)のころ、真宗高田派の教えは関東のみならず北陸や東海にまで及ぶようになり、当時真宗最大勢力だった京都の真宗仏光寺派に匹敵するほどだった。真慧は東海道伊勢国の門信徒の懇請によって、三重県一身田に無量寿寺を建立し、西国での重要拠点とした。

この三重県一身田の無量寿寺が、現在の真宗高田派本山専修寺である。

一身田の無量寿寺は伊勢国内の中心寺院として建てられたが、1522年に関東高田の本寺専修寺が戦国時代の兵火で焼失し、1548年第12世堯慧上人(ぎょうえ)が三重県一身田の無量寿寺(現在の本山専修寺)に入り、これ以降歴代上人が一身田に居住されるようになり高田派の中心地となり、本山専修寺となる。親しみを込めて「高田本山」とも言われる。

一身田の本山専修寺は1580年と1645年の二度にわたり焼失し、現在の伽藍はその後の再建されたものである。

伽藍焼失後の1658年に津藩から土地を寄進され、専修寺の境内はそれまでの約3倍に広がった。このときの第14世堯秀上人(ぎょうしゅう)はお堂を東面にさせようとしたのに対して、門信徒らが南面を主張し、現在のように南面で建てられた。

2017年、御影堂(みえいどう)と如来堂が三重県初の国宝建造物に指定される。御影堂は間口 42.72m・奥行33.50m・畳780枚分の広さで、国宝木造建築の中で5番目の大きさである。

真宗高田派は「真宗の法灯集団」や「法脈」の教団ともいい、親鸞が開いた浄土真宗の教えを正しく受け継ごうとする宗派であり、親鸞ゆかりの真筆を数多く持つ。これは東西本願寺(大谷派・本願寺派)よりも多い。そのため、弟子の聞き書きである歎異抄はそれほど重視していない。

宗派名真宗高田派
本山専修寺(高田山専修寺)
本尊阿弥陀如来
寺数600強
住所三重県津市一身田町2819
公式サイトhttp://www.senjuji.or.jp/

※真宗十派本山のうち、阿弥陀仏をおまつりするお堂(阿弥陀堂・如来堂)が南向きとなっているのは、真宗高田派の本山専修寺と真宗木辺派の本山錦織寺の二つだけである。残り八派は東向きに建てられている。

※浄土真宗浄興寺派の由緒では、親鸞は教行信証を著したその喜びの気持ちを山号・寺号に顕され、1224年に稲田草庵を歓喜踊躍山浄土真宗興行寺、略して浄興寺と名づけたとする。